お侍様 小劇場 extra

     “寵猫抄” 〜もしものその後…? A
 
 


 どうなるか判らないとされたまま、結局は一人分で足りた夕食の後片付けをし。一人で手掛けるのはなかなか大変だったので、どうしたものかと思った末に、一緒に入るのは諦めてのその代わり。ドアを開けてこっちにいるよと見せつつという格好にて、手早く風呂にも入っての。さてそろそろ10時も回ったからと、スケジュールなどをまとめていたPCの電源を落とし。さっきまでは其処に居たほうへと眸を上げたところが、

 「…あれ?」

 つい声を上げたほど意外にも、姿がないのに驚いた。お気に入りのそれ、ウサギの毛のラグを敷いてやっていたソファーの上へ、勘兵衛様の日頃お召しのカーディガンを添えてあげたところ、大人しく ころんちょと寝そべっていたものが。そのカーディガンごと、小さな坊やの姿がなくなっている。

 「キュウゾウ?」

 ありゃりゃあとソファーから立ち上がり、声を張っての呼びかけながら、ちょいと古いめの、だが、なかなかに風情はある一戸建。洋館仕立ての屋敷のあちこち、明かりを灯しもっての見回れば、

 「……にあん。」
 「お。」

 お返事のつもりか、小さな声が立ったので。そっちかと七郎次が向かったのが玄関の方。廊下を照らす明かりをぱちりと灯したところが、途中にカーディガンが落っこちており。その先の上がり框の突き当たり、小さな影が板の間の上へ小さなお膝をちょこりと揃えて。なかなかのお行儀で、正座して座っているじゃあありませぬか。

 「どうした、キュウゾウ。」
 「みい。」

 すぐの真横へと、こちらもお膝を落として座り込めば、まだまだ真ん丸に近いほう、それは幼い造作の愛らしいお顔が、やや仰のいての見上げて来。柔らかなお口を開いての みいとか細く、仔猫のような声あげた。赤みの強い瞳は潤みをたたえて表情豊か、つんと立った口許や小鼻は、だが触れるとすぐにも形が逃げるほどやわやわと脆く。肘や膝なんてな関節は必要ないんじゃないかというほどに、まだまだ寸の足らない腕や脚といい、輪郭がけぶるようにふわふかな、綿毛のような金の髪といい、するんとすべらかな頬といい。お人形さんでもこうまで出来のいい、可憐な稚(いとけな)さに満ちた子は居なかろう、そりゃあ愛らしい幼子だったが、

 「ほら、こんなに頬っぺも冷たい。」

 擦り寄って来たのを腕の中へと掻い込んでやり、こんな寒いところに居るからだと案じてやったのが、果たして通じているのかいないのか。抱えたまんまで立ち上がっての奥へと去りかかれば、

 「〜〜〜。」

 途端にいやいやと身をよじっての離れようとするところを見ると、此処から去るのはイヤだということなようであり。おやおやと苦笑に口許ほころばせ、無理強いはせずその場へと立ち留まった七郎次。何でまた此処に居たがる彼なのかにも、何とはなくの察しはついていて。だが、

 「勘兵衛様は遅くなるかもしれないよ?」

 小説家の御主は、日頃はご近所へ散歩に出るくらいで滅多に遠出はしない人。いざ出掛けるというときは、自分も同伴しての打ち合わせや、サイン会に講演会、はたまた気分転換の小旅行という、思い切りの遠出だったりするものだから。そんな折にはこのキュウゾウも必ず連れて出てゆくのがこのところの常であり。先日なんて、リードもつけずに車に乗せての外出をし、その結果はぐれてしまいもしたほどに、いつも一緒が当たり前だった勘兵衛が、今日は昼からのずっとを戻って来ないものだから。一体どうしたことだろかと、彼なりに気になっていたらしく。

 「お相手次第で、もしかしたらば泊まりになるかもって。」

 言葉は通じるはずだけど、ふにゃいと小首を傾げてるから、意味は通じてないのかも。勘兵衛は会社勤めはしてはないから、毎日出掛ける必要に迫られてはないお人だが、勝手の判る相手とのちょっとした約束には、こうしてひょいっと出掛けてしまわれることもある。今宵も学生時代のお友達との約束があっての外出で、久し振りのことゆえ、もしかしたなら話に弾みがついての、ついつい長居となるかもしれない。そういった事情が、自分には判るが さてこの子にはどうだろか。

 「にぃ。」

 メインクーンの小さな仔猫。ここいらのご近所にでさえ独りでは出掛けない“家っ子”なので、彼にとっての世間はそんなに広くはなくて。

 「何でって訊いてるのかい? さて、どう言ったもんだろうねぇ。」

 お付き合いの関係だって、言っても判らないだろうしねと。白い頬をほころばせ、七郎次は困ったような苦笑を零す。もう冬毛に生え変わったらしいはずではあるが、それでもこんな、暖房も届かぬ玄関先に居たのでは寒かろに。かてて加えて七郎次には、この小さな和子が人の子供に見えるので、今も、丸ぁるいお膝もあらわにしての、膝丈のおズボンという恰好なのが、こんな寒いところなのにと、せめて何か羽織ってでないとと、ついつい思ってしまうのだけれど。実体は大人の男性の片手に収まろうほども小さな仔猫。ストールもカーディガンも大きすぎ、羽織らせたところですべて足元へ落っこちるだけ。鏡を見ながら着せられたのが、唯一 マント型のケープだったのだが、ご当人には不評だったらしく。よほどに寒いおりに出掛けるときでないと、着せても勝手に脱いでしまうほどであり。

 「ね? 向こうのリビングで待ってよっか?」
 「……。」
 「それとも、ネンネしよっか?」
 「……。」
 「勘兵衛様に遊んでもらってないから眠くない?」

 自分の懐ろへと凭れさせ、よいよいよいとなと ゆっくり揺らしてあやしてみたが。

 「……。」

 ぱちくり開いたお眸々は、潤んではいても 色合いはきりりと引き締まってのなかなかの冴え。あああ、これは眠る気なんてなさそうかしらと。どうあっても勘兵衛様の姿を見なくちゃ気が済まないらしいというのが察せられ。彼の側からもこうまで大好きであるらしき、御主へのひとかたならぬ懐きようを、あらためての再確認させられて。健気さが可愛いけれど、さてどうにも困ったことよとばかり。こちらも色白で優しげな面立ち、やや曇らせてしまったお兄様だったりし。そこへ、

 「…っ☆」
 「え? …あ。」

 懐ろに抱えていた柔らかな感触、小さな小さな幼子が、不意にふるるっと、綿毛の乗っかった頭を震わせ、よじよじと身もだえを始めたものだから。えっ?えっ?と慌てた七郎次が、咄嗟のこととて取り落とさぬよう、抱え直しにとその動作を追った。それをも スルリと掻いくぐっての そりゃあしなやかに。結構な高さからストンと飛び降り、そのまま…やはり彼には相当な高低差があっただろ土間へ、身軽にも駆け降りてってしまう。そして、

 「にぃあ、みい。」

 まだ足りぬ背丈で見上げての、小さな手の先で かしかしかしと。ドアノブ近くを懸命に引っ掻く様子から、あれあれれぇと、今度はこちらが小首を傾げていたところが、

 「……あ。」

 すぐ前の小道へとすべり込んで来た車の気配がし、はっとする間もあらばこそ、続いて聞こえたのがドアを開け閉めする重々しい音。ああこれはと思う間もなく、自分もスリッパのまんまでつい、土間へと降りていた七郎次であり、

 「にあっ。」
 「ああ、今 開けるからね。」

 急かすように真下から見上げてくる和子へ、これは一本取られたなとの、別な苦笑を口許へと零しつつ。がちゃり、内鍵開いて重い扉を押し開ければ、

 「…おや。よく気づいたな。」

 支払いを済ませたタクシーが去っていったその場に居残り、門扉の向こうからこちらを見やってキョトンとしておいでの、勘兵衛様が立っており。つるんとした感触の外気は、とうに暮れた夜陰の冷たさに満ちていて、

 「にゃあvv」

 いかにも嬉しそうに駆け寄った、小さな家人の淡い色合いの輪郭が、あっと言う間に暗がりの中へと飲まれてしまった。すぐにもはしゃいだお声が聞こえる、暖かそうな笑顔が見られると思ってのこと、もはや、寒いからとか冷たいでしょうなんてな文言は、欠片だって浮かびそうにない心地でいた七郎次だったのだけれども。そこへと、


  ―― フゥウ〜〜〜っ、という、


 低い唸りをおびたそれ。正しく 打って変わって、いかにもな威嚇の声が聞こえて来たのは、はっきり言って想定外。

 「…キュウゾウ?」

 あんなにも…暖かい居間へ戻ろうと声をかけても、いやいやと全身で拒んだくらいに。そりゃあ待ち兼ねていた人の、やっとのお帰りだってのに。ポーチの半ばに立ち止まり、そこからじりと片足を引いて、まだまだ丸みの強い力みが愛らしい、大きな瞳をぎゅうと眇めての。怪しい奴めと言わんばかりの怒ったお顔、真剣本気で見せているのが、ありありとしていたものだから。

 「……どちらさんです?」

 小さな和子の小さな肩をば、懐ろの中へと迎え入れ、護りを固めてからのおもむろに、七郎次までもが低いお声で訊いたのは…。それはさすがに、流れに乗っての言いようと取ったらしい勘兵衛が、悪ふざけはやめなさいとの意を乗せて、

 「儂だ。」

 低い声にて返して来た。まま確かに、イスタンブールかトルコあたりの異邦人の血を思わせるよな、彫の深い精悍な面差しといい、背中まで垂らした蓬髪ぎみの、癖の強い長髪といい。かっちりとしたデザインのジャケットに着られていない頼もしい肩や、内からも厚みあっての骨太さを感じさせる胸元の雄々しさなどなど、見覚えあって有り余る、御主に間違いはないものの。それでも、そのまま歩を進めて来ると、たちまち腕の中の和子が…抱いてるその腕に判るほどもの勢いで、ぶわっと全身の毛を逆立てて、

 「ふ〜ふーっ、ううーーっ。」
 「…こうまで威嚇されてますよ? 心当たりはありませんか?」
 「さて。」

 何が何やら、人の子の主従にはさっぱり不明。そのうち、自分の興奮で居ても立っても居られなくなったものか、

 「あ…っ。」

 七郎次の腕さえ振り切っての、後ろへと身を転じると。あれほど待ってた人へはしっかと背を向け、あっと言う間に家へ駆け込んでしまったキュウゾウであり。それと入れ替わるように、間近へまで近づいて来た勘兵衛の、一体何がお気に召さなかったものだろか。着ている服も、普段着とは言えないが それでもさほどに気張ったいで立ちなんかじゃあない。なので、ショウノウ臭いということもなかろうし。

 “ショウノウ臭い? …あ。”

 そこではたと気がついた七郎次、顔を上げたそのタイミングに何事かと引き留められでもしたものか、すぐの間近で立ち止まった勘兵衛の、冬用のツィードのジャケットの、懐ろあたりへ顔を近づけ、そのまますんすんと嗅いでみる。

 「七郎次?」
 「判りました。」
 「何がだ。」
 「どこぞの娘さんたちと同席して来たオオカミさんだったから、
  キュウゾウはあれほど警戒しちゃったんですよ。」

 猫は瞬発力で狩りをするんで、視力はずば抜けてますが嗅覚は犬ほどじゃあない。とはいえ、それでも人より鋭敏でしょうから。
「香水の匂いに覆われちゃってて。こりゃあ勘兵衛様かどうか怪しいぞって、そんな警戒をしたんじゃないですかね。」
 こうまで近づきゃ自分にも判りますよと、にまにま笑った彼の言いようへ、だが勘兵衛は ますますと憮然とし、その顔を顰めて見せる。
「言っておくが、男偏のお嬢さんたちだ。」
「ええ。片山先生とお逢いでしたものね。」
 文筆サイドじゃあない、道場仲間という交友のあるお相手でありながら。そりゃあご立派なその体躯を、絹のドレスや西陣織やら、綺羅らかな衣装に包んでの接客をする、一風変わった趣向の水商売にも精出しておいでで。そこまで承知だった七郎次としては、成程成程と合点もいって。
「そっか、お店まで招かれたのですね。」
「まあな。」
 他にもおいでのお姉さんたちもまた、オーナーに負けず劣らずの徒花(?)揃いだが、料理は一流だし話術も巧みで、なかなかの勉強家揃いという穴場なお店。ちょいと間が空いて会わないと、顔を忘れたとか何とか言っては呼び立てて、そちらの世界のおもしろい話なぞ聞かせてくださる、ありがたい情報源でもあったりし。

 「キュウゾウを引き取ってからは、初めてのお出掛けでしたから。」
 「そうだな。ビックリしてしもうたか。」

 日頃まるきり女っ気のない島田さんチの二人なので、尚のこと馴染みのなさ過ぎる匂いでもあったに違いなく。だったので余計に、何じゃこりゃと警戒してしまったのだろうという、確たる答えが出た以上、

 「それじゃあ、まずは。何はともあれお風呂ですね。」

 いいお酒も頂戴しての、仄かにほろ酔い、いい気分で帰って来たというのに、そこへのこの指示は少々興ざめな代物だったけれど。とはいえ、にっこり微笑った古女房のお言いようには どうで逆らえるはずもなく。はいはいとの溜息混じり、酔いも醒めるだろ風呂へと直行させられてしまった、幻想小説界の売れっ子大先生だったりしたのでありました。








   おまけ。


 可愛い仔猫を警戒させた、香水だの脂粉の香とやらだのを、頭の先からつま先まで、きれいに洗い流してのすっかりと落とした身となって。さあどうだと、いつものパジャマ姿で居間までやって来た勘兵衛へ、

 「…にぁん?」

 当人だとて、本人だというのは判っちゃいるのだろうけれど。先程はあまりにも“他人の匂い”をくっつけていた勘兵衛だったので、一体誰のものになって帰って来たのだ…とのパニックを起こしただけのこと。ソファーの上で丸くなり、昼間のうち、勘兵衛の匂いがするからと、気に入ってくるまっていたカーディガンの陰からちょこりと顔を出した、小さな和子の仕草の愛らしさにこそ、おおと見惚れてしまっておれば、

 「〜〜〜。」

 そこからうんと身を伸ばして来たキュウゾウ。同じソファーの反対側の端へと腰掛けた勘兵衛へ、小さな背中を目一杯、うんうんと伸ばして見せる姿がまた。懸命なお顔と相俟って、
“ああもうっ、何て可愛んだろかvv”
 ちょっとした親ばか気分で、ついつい目許細める七郎次だったりもしたらしかったが。そんな風に、方向違いなことへと気を取られていたからか、

 「にゃあ。」
 「……え?」

 はっきりとその声が拾えたのは、彼がこっちを向いたから。おいしょと小さなあんよを伸ばし、ソファーから降りてのこちらまで。間にあったローテーブルの縁を大きく回っての寄ってくると、小さな手を延べ七郎次の手を取り、そのまま引きつつ“来い来い”という身振りを示す。何だ何だと従えば、途中から後ろへ回り、ソファーへ座れと膝やら腿やら押しての座面へ押し込む仕草。小さな和子のすることだけに、大した力じゃなかったけれど、

 「え? あわわ…っ。」

 不意を突かれた弾みもあって、押し込まれた先へたたらを踏んでの倒れ込めば。おっとと受け止めたのが勘兵衛で。
「す、すみません。////////」
「いや、このくらいは構わんが。」
 それにしたって、これは一体どういうことかと。倒れ込まれた先の彼にも、何が何やらさっぱり判らぬ仕儀であり。小さな和子にすっかり振り回されておれば。

 「みゃvv」

 またしてもいつの間にやら、今度は勘兵衛が居る側の、ソファーのひじ掛けという一番の端っこへ、ちょこり乗り上がった張本人様。七郎次をその懐ろへと受け止めた格好の勘兵衛へ、小さなお顔を近づけて。小鼻をしきりとすんすん鳴らしていたけれど、

 「みゅうっvv」
 「うわっ!」
 「これ、キュウゾウっ!」

 肘掛けの上、お膝から乗り上がってのえいやっと、自分も混ぜてと言わんばかり、全身伸ばしてのダイビングして来たということは。これでやっと合格ということか。だとすれば、

 「……わたしも“島田家”の匂いの一部だってことでしょか。」
 「さて?」

 少なくとも、勘兵衛様と共にあって欲しいもの、ではあるらしいのでは?





  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.12.15.


  *つい先日、志村どうぶつ園で、
   可愛らしいメインクーンの赤ちゃんを見たもんだからと弾みがついて、
   またぞろ書いてしまった猫キュウ噺ですvv
   大人になると、割と大きめの立派な姿になる猫なんですが、
   子供のうちのあの、顎の下の綿毛とかが本当にかわいくてしょうがないvv
   専門のサイトさんを覗いちゃあ、キャンキャンvvと悶えてるおばさんです。
   (例えばこちら→
)

  *ちなみに、仔猫に見える周囲への気配りとして、
   彼らからは違和感満開ながら、ホテルなんぞに入る折にはケージにも入れます。
   何でそういうことになるのだろと思うほど、
   ケージに合わせた尺に縮まる彼なのが何とも妙で。
   とはいえ、三角座りがせいぜいという窮屈さは見ていて可哀想なので、
   出来るだけ“リードでつなぐだけでいいですよ”というサービスのある、
   ホテルや施設を選ぶようにしているし。
   それが無理な土地ならば、
   先だっての講演会では何とキャンピングカーを借りて来て別泊したという、
   どこのハリウッド俳優ですかいという奇行をやってのけもした彼らだったりし。
   もっとも、
   『そこまでして箱入り扱いにしているのかい? あの坊や。』
   などと、七郎次のための気遣いだろうと、
   大きに誤解されても居たようだったけれど…と、
   そちらはまま、話の趣旨が違うので、今回は触れなかったまでです悪しからず。

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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